真言宗
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宗祖:弘法大師・空海真言宗とは・・・
教主:大日如来
開祖:弘法大師 空海
主な経典:大日経・金剛頂経・理趣経
寺院の御本尊:金剛界・胎蔵界曼荼羅に含まれる
すべての諸仏・諸菩薩・諸明王・諸天
お唱えする文句:南無大師遍照金剛
平安時代、弘法大師 空海が唐に渡り恵果阿闍梨(けいかあじゃり)より直々に伝授され
日本に伝え始まった。密教という部分ではいっしょに入唐した天台宗の最澄も先に日本に
持ち帰ってはいたが、それを上回る経典、法具などを空海は持ち帰ることとなった。
その後、天皇より京都の東寺、神護寺を賜り、最終的に高野山を構築する。
そして、ここ高野山を総本山として真言宗が開宗された。
近年になって、大小の派に分かれ今にいたっている。
「密教」と「顕教」
弘法大師空海は、真言宗の「密教」と真言宗以外の仏教を「顕教」として比較し、密教のほうが優れている
として「弁顕密二教論(べんけんみつにきょうろん)」を著しています。また、心が置かれている状況を、10に分け
下から9つ目までは、顕教のいたる境地、最後の10個目は密教のみが到達できる境地(密教は10すべて含
む)であるという教え『九顕十密(きゅうけんじゅうみつ)』が説かれた書物「十住心論」も著しています。(真言宗
では、比較・説明の仕方から「弁顕密二教論」を『堅の教判(しゅのきょうはん)』、「十住心論」を『横の教判
(おうのきょうはん)』といわれています。)このように真言宗では、『密教』というもののすばらしさを説いたお大師
様の著作を重要典籍とし、顕教と区別していろいろ考えられています。
「大日如来」
真言宗における、中心とされる仏様は、『大日如来』です。正式な名称は『大毘盧遮那仏(だいびるしゃなぶつ)』
といいます。みなさんが仏教ときいてまず頂点に思い浮かべる仏様といえば「お釈迦様」ですよね?ところが、真言宗は
お釈迦様を中心とはしていません。上にも書きましたが密教と顕教における違いがここに大きく現れています。
大日如来は宇宙の根源仏、この世に存在するものすべてでも言い切れない『全て』がこの大日如来と繋がっている。
大日如来に始まり、大日如来に終わるといったらいいのでしょうか、としています。ですから、お釈迦様もこの世で仏教の
説法を説くために大日如来が姿を変えて現れた姿「応身物(おうじんぶつ)」とされています。
ここがすごい!自分は仏教といえばお釈迦様が中心とばかり考えていましたが、密教に出会って感動しました。密教に
はまった理由の一つですね。
「印」と「真言」
皆さんは仏像を見たことがありますか。
無い人は明日にでも見てみましょう。道端にあるお地蔵様でもいいんです。
あの仏像の皆様の手の形が違うことにお気づきになりました?
あの手の形が印といいます。
それぞれの仏様ごとに決まっていますが、出家をしていない人はほとんど教えてもらえません。
また、真言とは読んで字のごとく、真の言葉です。
サンスクリット語で書かれた真言を密教ではそのまま読みます。
この真言も印と同じく各仏様ごとに決まっております。
たとえば、極楽浄土の阿弥陀様は
「オン・アミリタ・テイ・ゼイ・カラ・ウン」を唱え、手には阿弥陀如来根本印という印を結びます。
不動明王は
「ノウマク・サマンダ・バザラ・ダン・カン」と唱え、手には不動剣印を結びます。
こちらの方は印に比べるとオープンで
結構、専門書や、雑誌に出ているので調べるのも容易です。
せめて自分の守り本尊くらいは覚えて、辛いとき、困ったとき、怖いなぁと思ったとき、
願いをかなえたいときなど唱えてみてください。きっと守り本尊様が助けてくれますよ。
データベースのページにも掲載しておりますので参照してください。
「三密」
密教ページにも記載していますが密教の教えに三密(さんみつ)というものがあります。
手に印を結び、口に真言を唱え、心に仏を感じて仏様と一体になる。
身(印)口(真言)意(観想)をあわせて三密といいます。
まずお唱えする仏様と一体となり、次にそのそれぞれの仏様は根本の大日如来が
お姿を変えた姿ですので、大日如来と自分は一体であると感じます。
簡単にここに書きましたが、ぜんぜん簡単なことではありません。
手に印を結び、真言を唱えるのは誰でもできます。
しかし、心に仏を感ずること、仏を心に引き入れるとも言いますが
この広い宇宙の中に今、自分が「生かされているんだ」と感じられなければなりません。
修行を始めると「観想」が多く次第の中に説かれています。
いい意味でかなりの想像力と妄想力がいりますね。
「これを楽しめるのが密教を極める秘訣だ」なんて書いてある書物を見たことがありますが、
ある意味納得です。
「即身成仏」
真言宗の最終的境地、いわゆる解脱に至る、それが「即身成仏」です。読んで字の如し、
「この身このままで仏に成る」ということですね。通常の仏教的考え方では、死んでからが仏
様になる段階と思われますが、お大師さまは違いますね。「死んで仏になってなんになる!
この身このままで仏にならなくてなんになる!」です。われわれが毎日生きていくうえで、
仏様のような行いをし、仏様のような心で過ごせば、争いもない平和な世の中になる。
一般の信者にはこういう教えだと思います。
真言宗のお坊さんになるにもこの教えはもちろん説かれます。のちほど説明いたしますが、
修行には「四度加行(しどけぎょう)」といって四つのプロセスに分かれたプログラムをこなす事
によって、立派なお坊さんになれます。このプロセスもお大師様が説かれたもので、このプロ
セスによって即身成仏への道が説かれています。さすがにこの四度加行は出家・得度しな
いと教えてもらうことはできませんが、文献で調べた限りではかなり“おもしろい”内容です。
三密でも書きましたが、 かなりの想像力と妄想力がいるのは間違いありません。
みなさんも生きてこのまま仏様になって下さいね。
「六大」と「四曼」と「三密」
お大師様の教えの根本=真言宗の教えの根本が「六大」「四曼」「三密」です。
「六大」とは、この世の中にあるものすべて、森羅万象を現しています。地・水・火・風・空・識
の六つの種で表します。この六つがいろいろ組み合わさり、大日如来の宇宙全てであり、大日如
来そのものでもある。逆にこの宇宙にあるものは六大以外にはないというのが密教の思想です。
この宇宙、この人間世界全てがそのまま六大であり、大日如来である。これが六大です。
「四曼」とは、森羅万象は「六大」あるとしますが、その本体は知覚されません。われわれが
見ているのは形だけです。六大は何かの相を持って現れるという教えを四つの「曼荼羅」に置き
換えて説明しています。
第一に形そのままに現れる相「大曼荼羅」、第二に目に見える形の奥にある意味や働き
「三昧耶曼荼羅」、第三に余分な形を一切はぎ落とし、より根源的な部分まで抽象化され
た相「法曼荼羅」、第四にいかなる差別も区別もなく生き生きして止まない世界の相「羯磨
曼荼羅」の四つに分けられます。
そして先に説明しました「三密」。これら三つ「六大」「四曼」「三密」といい、真言宗の根本
理論となっています。
分かりにくいと思いますので相関図を下に記しておきます。下の図全てが大日如来だと思っ
てください。
真言宗各派 ( )内は総本山・大本山
高野山真言宗(和歌山・高野山)
東寺真言宗・真言宗東寺派(京都・東寺)
新義真言宗(和歌山・根来寺)
真言宗智山派(京都・智積院)
真言宗豊山派(奈良・長谷寺)
真言宗醍醐派(京都・醍醐寺)
真言宗須磨寺派(兵庫・須磨寺)
真言三宝宗(兵庫・清澄寺)
真言宗中山寺派(兵庫・中山寺)
信貴山真言宗(奈良・朝護孫子寺)
真言律宗(奈良・西大寺)
真言宗善通寺派(香川・善通寺)
真言宗御室派(京都・仁和寺)
真言宗泉涌寺派(京都・泉涌寺)
真言宗大覚寺派(京都・大覚寺)
真言宗山階派(京都・勧修寺)
真言宗室生寺派(奈良・室生寺)
などなど・・・これ以外にも、たくさんの宗派があります。
やはり、御大師さまの教えを信じる方々の
多さが生んだ賜物でしょう。
全真言宗青年連盟のホームページ
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