密教
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金剛界曼荼羅(東寺蔵)密教とは・・・
密教とは、読んで字のごとし、秘密の仏教です。
秘密といっても、怪しい秘密ではありません。
ひとりの弟子に対して、ひとりの師匠がつき教えを説いて行く、
いわゆる口伝、ここが秘密といわれる由縁です。
また、「密教」と言いましても、真言宗に伝わる密教「東密」と
天台宗に伝わる密教「台密」とでは内容も異なります。
ここでは基本的に真言密教「東密」を中心に説明させていただきます。
また、分かっている限り「台密」との違いも掲載するつもりです。
※真言密教とはいってもここに記載されている事が決して正しいとは限りません。あくまで一例とお考え下さい。
流派等により教えが異なります。
真言密教『東密』と天台密教『台密』の違い
弘法大師「空海」が開いた真言密教(真言宗)と伝教大師「最澄」が開いた天台宗とでは
密教の置かれている位置が全く違います。簡単に説明させていただきますと真言宗において
の密教は真言宗そのもの、全てが密教です。ところが、天台宗における密教は法華経の教
えの一部として扱われ、天台宗の教えには「円・密・禅・戒の四種相承」という教えの元、
「円教」「戒律」「密教」「禅」の全ての教えが説かれています。その中の一部として密教が置
かれています。
そして、何より違うところは二つ、真言宗は密教とは他の仏教「顕教」とは全く違う仏教として
密教を位置づけていますが、天台宗では密教は顕教と同じ位置づけとし「顕密一致」の立場
をとっています。
また、真言宗では大日如来を全ての宇宙を成り立たせている根源仏「法身仏(ほっしんぶ
つ)」として教主とし、全ての教えはこの大日如来、すなわち根源の教主から直接、法を学ぶ
としています。
ところが、天台宗の修道理念は法華経の説く久遠実成の釈迦如来の教えとその実践であ
るとしています。
密教という部分での実践面(事相)や基本的な修行法はほぼ同じだと思います。
密教というとみなさん真言密教を中心に考えがちですが、最澄以降に唐より密教を伝えた
円仁・円珍らによって天台宗の密教には独特の神仏が存在したり、真言密教にはない修法
があったりして、完成度はもしかすると真言密教よりすごいのかもしれませんね。
入唐八祖
日本にもたらされた密教は真言・天台の二つの宗派に二分され発展して来ましたが、
ありがたい密教を唐からもたらした方々が八人おります。その八人を総称して『入唐八家』と
いいます。
弘法大師・空海(真言宗)
恵運(真言宗)
常暁(真言宗)
円行(真言宗)
宗叡(真言宗)
伝教大師・最澄(天台宗)
慈覚大師・円仁(天台宗)
智証大師・円珍(天台宗)
金剛界曼荼羅と胎蔵曼荼羅
金剛界曼荼羅(東寺蔵)
胎蔵曼荼羅(東寺蔵)
曼荼羅(まんだら)、この言葉は一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?
密教では金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)と胎蔵曼荼羅(たいぞうまんだら)の
ふたつをまとめて曼荼羅といいます。
われわれに、お父さんとお母さんがいるように
この二つの曼荼羅は密教の教えでは
金剛界・大日如来の智慧の教え)=お父さんのような堅固で厳しいような教え
胎蔵界・大日如来の慈悲の教え)=お母さんのような包み込むようなやさしさの教え
として説きます。
すなわち両方無くてはならないし、片方ではさみしいものがあります。
この曼荼羅には、千を越える仏様が法則にのっとって並んでいます。
真言宗では、僧侶となる過程でこの金剛界曼荼羅を教え説く「金剛界法」と
胎蔵界曼荼羅を教え説く「胎蔵界法」を勉強します。大日如来の教えすなわち
真言宗そのものがこの曼荼羅にあらわされているのです。ここでは細かい説明を
いたしますと、ページが終わらなくなってしまいますので割愛させていただきますが、
理論と教えと法則がわかるともっと面白い曼荼羅に見えてきます。興味のある方は
勉強してみるといいと思います。
天台宗の中ではこの二つの曼荼羅を統合する法として「蘇悉地法(そしつじほう)」を
胎蔵界法より取り出しこの法を重要視しているようです。
余談ではありますが、ここでひとつ皆さんにいいたいことがあります。
よく、たくさんお守りを持っていたり、神棚や仏壇などにたくさん御札があると
「仏様、神様がけんかしないの?」なんていう人がいますが
この曼荼羅を見てみなさいって!
けんかしてる騒ぎじゃないし、神様仏様はできてるお方です。
けんかなんてそんな下等なことはしません。
これはいいきれます。
印と真言
皆さんは仏像を見たことがありますか。
無い人は明日にでも見てみましょう。道端にあるお地蔵様でもいいんです。
あの仏像の皆様の手の形が違うことにお気づきになりました?
あの手の形が印といいます。
それぞれの仏様ごとに決まっていますが、出家をしていない人はほとんど教えてもらえません。
また、真言とは読んで字のごとく、真の言葉です。
サンスクリット語で書かれた真言を密教ではそのまま読みます。
この真言も印と同じく各仏様ごとに決まっております。
たとえば、極楽浄土の阿弥陀様は
「オン・アミリタ・テイ・ゼイ・カラ・ウン」を唱え、手には阿弥陀如来根本印という印を結びます。
不動明王は
「ノウマク・サマンダ・バザラ・ダン・カン」と唱え、手には不動剣印を結びます。
こちらの方は印に比べるとオープンで
結構、専門書や、雑誌に出ているので調べるのも容易です。
せめて自分の守り本尊くらいは覚えて、辛いとき、困ったとき、怖いなぁと思ったとき、
願いをかなえたいときなど唱えてみてください。きっと守り本尊様が助けてくれますよ。
データベースのページにも掲載しておりますので参照してください。
三密
密教の教えに三密(さんみつ)というものがあります。
手に印を結び、口に真言を唱え、心に仏を感じて仏様と一体になる。
身(印)口(真言)意(観想)をあわせて三密といいます。
まずお唱えする仏様と一体となり、次にそのそれぞれの仏様は根本の大日如来が
お姿を変えた姿ですので、大日如来と自分は一体であると感じます。
簡単にここに書きましたが、ぜんぜん簡単なことではありません。
手に印を結び、真言を唱えるのは誰でもできます。
しかし、心に仏を感ずること、仏を心に引き入れるとも言いますが
この広い宇宙の中に今、自分が「生かされているんだ」と感じられなければなりません。
修行を始めると「観想」が多く次第の中に説かれています。
かなりの想像力と妄想力がいりますね。
「これを楽しめるのが密教を極める秘訣だ」なんて書いてある書物を見たことがありますが、
ある意味納得です。
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